福井地方裁判所 昭和59年(ワ)214号 判決 1985年3月29日
原告
株式会社ジャックス
右代表者
河村友三
右訴訟代理人支配人
立浪繁
右訴訟代理人
前波實
被告
前川高亜希
被告
吉田スミ子こと
時田スミコ
被告
岩倉静一
被告
丹尾淑枝こと
丹尾みどり
右被告ら訴訟代理人
佐藤辰弥
折田泰宏
主文
一 原告に対し、
1 被告前川高亜希は、金一四万六二〇〇円及び内金一四万四〇〇〇円に対する昭和五八年四月二〇日から支払ずみまで
2 被告時田スミコ及び被告岩倉静一は、連帯して金一一万一一〇〇円及び内金一〇万一〇〇円に対する昭和五九年五月二八日から支払ずみまで
3 被告丹尾みどりは、金一五万一五〇〇円及び内金一三万五〇〇〇円に対する昭和五九年四月二八日から支払ずみまで
各年29.2パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨の判決並びに仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、割賦販売及び融資の斡旋を業とする会社である。
2 被告前川高亜希は、昭和五七年八月二四日に、同時田スミコは、同年九月二〇日に、同丹尾みどりは、同年八月二〇日に、それぞれ有限会社貴晶(以下「貴晶」という。)から印鑑セットを各金一八万円で購入した(以下「本件各売買契約」という。)。
3 原告は、右購入に際し、右被告らからそれぞれ次の約定のもとに委託をうけて、貴晶に対して右購入代金を立替払した(以下「本件各立替払契約」という。)。
(一) 立替金の金一八万円と割賦手数料金二万三四〇〇円の合計は金二〇万三四〇〇円であるところ、右合計金を、
(1) 被告前川高亜希は、昭和五七年一〇月二七日を第一回目とし、昭和五九年五月二七日まで
(2) 被告時田スミコは、昭和五七年一〇月二七日を第一回目とし、昭和五九年五月二七日まで
(3) 被告丹尾みどりは、昭和五七年九月二七日を第一回目とし、昭和五九年四月二七日まで
毎月二七日限り、金一万〇一〇〇円ずつ(但し、第一回目は金一万一五〇〇円)計二〇回に分割して、原告に対して、それぞれ支払う。
(二) 右各被告が、各期日に分割返済金の支払いを怠つたときは、その支払期日の翌日から遅滞した分割返済金に年29.2パーセントの遅延損害金を付加して支払う。
また、右の場合、原告が二〇日間以上の期限を定めて書面で右分割返済金の支払いを催告したにも拘わらずその期日までに支払いがないときは、期限の利益を失い、原告が右各被告に払い戻すべき期限未到来の割賦手数料を差し引いた残金全額を、原告に対し一括して返済するとともに、立替金残金に対する期限の利益を失つた日の翌日から支払いずみまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
4 被告岩倉静一は、右契約の際、被告時田スミコが右契約により原告に対して負担する債務につき同被告と連帯して保証する旨を原告に約した。
5 ところが、被告前川高亜希は、昭和五八年二月四日までに金四万一八〇〇円を、同時田スミコは、同年八月一日までに金九万二三〇〇円を、同丹尾みどりは、同年一月二八日までに金五万一九〇〇円をそれぞれ原告に対して支払つたのみである。
6 そこで、原告は、被告前川高亜希に対し、昭和五八年三月三〇日到達の書面で、同書面到達の日の翌日から二〇日間以内に割賦金の支払いをなすよう催告したが、同被告は、右期間を徒過したので、同年四月一九日に期限の利益を失つた。
また、被告時田スミコ、同丹尾みどりは、いずれもすでに前記の最終の弁済期日を徒過した。
7 右により、
(一) 被告前川高亜希が、原告に支払うべき金員は、同被告が支払ずみの前記金額と原告が払い戻す期限未到来(昭和五八年四月二〇日から昭和五九年五月二七日まで)の割賦手数料金一万五四〇〇円との合計金を差し引いた残額の金一四万六二〇〇円(立替金残金の金一四万四〇〇〇円とすでに履行期の到来している手数料金二二〇〇円の合計)及び右立替金残金に対する昭和五八年四月二〇日以降右支払ずみまで年29.2パーセントの割合による約定の遅延損害金
(二) 被告時田スミコ、同岩倉静一が、原告に対して連帯して支払うべき金員は、同時田スミコが支払ずみの前記金額を差し引いた残額の金一一万一一〇〇円(立替金残金の金一〇万〇一〇〇円とすでに履行期の到来している手数料金一万一〇〇〇円の合計)及び右立替金残金に対する最終支払日の翌日である昭和五九年五月二八日以降右支払ずみまで年29.2パーセントの割合による約定の遅延損害金
(三) 被告丹尾みどりが、原告に支払うべき金員は、同被告が支払ずみの前記金額を差し引いた残額の一五万一五〇〇円(立替金残金の金一三万五〇〇〇円とすでに履行期の到来している手数料金一万六五〇〇円の合計)及び右立替金残金に対する最終支払日の翌日である昭和五九年四月二八日以降右支払ずみまで年29.2パーセントの割合による約定の遅延損害金
となる。
よつて、原告は、被告らに対し、本件各立替払契約及び連帯保証に基づき、それぞれ右各金員の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否(被告ら)
請求原因事実は、すべて認める。
三 抗弁(被告ら)
1 被告前川高亜希、同時田スミコ、同丹尾みどり(以下右三名を「被告三名」という。)が貴晶となした本件各売買契約は、次のとおり公序良俗に反し無効なものである。
(一) 貴晶は、ジャパン・システム会(以下「システム会」という。)なる組織を主宰し、昭和五七年七月ころからその会員を集めていた。
システム会は、金一八万円(クレジットの場合は、手数料を含めて金二〇万三四〇〇円)を、貴晶からの印鑑セット購入代金の名目で支払うとともに金一〇〇〇円の入会金を支払うと入会でき、会員となつた者は、右と同金額を支払つて会員となる者を三人勧誘して加入させ、このようにして会員となつた者がさらに各三人ずつの会員を加入させ、これをくり返すことによつて、会員が増加するものとされていた。
そして、会員が出資した金員は、その一部がその会員より前段階の一定の会員に、印鑑の宣伝費の名目で配当されることになつていた。このため、会員は、自己が勧誘し入会させた会員が前記のとおりにこれをくり返してゆくと、配当金として、最高金六〇五万円ないし金七〇万円を得ることができるものとされていた。
なお、会員となる際になされる名目的な売買により、会員は貴晶から印鑑セットを受領しているが、右印鑑セットは仕入価格が金一万五〇〇〇円であつて、仮に小売値が金四万ないし五万円するとしても、代金のうち右金額をこえる分は、専ら配当のために使用されるものである。
(二) 右のようなシステム会の仕組みは、要するに、先順位の会員が後続の新規会員から順次一定額の配当金を受け、最終的には自己の支出した額を上回る額の金額を受領することを内容とする金銭配当組織のものであつて、無限連鎖講の防止に関する法律によつて禁止される無限連鎖講(以下「ネズミ講」という。)であることが明らかである。
しかるに、貴晶は、本件各売買契約の際に、右契約は、あくまでも印鑑の売買であつて、絶対にネズミ講ではない旨力説して、これを被告三名に信じさせて右契約を成立させた。
右によれば、本件各売買契約は、公序良俗に反し、無効なものというべきである。
2 本件各売買契約は、右のとおり公序良俗に反するものであるところ、原告は、システム会の仕組みを知り、又は容易に知りうべき立場にあつて、ネズミ講の出資金の実質を有する本件各立替払契約をなしたものであるから、本件各立替払契約は、公序良俗に反し無効であり、これを保証する被告岩倉静一との連帯保証契約も同様の理由で無効である。
3 また、仮に本件各立替払契約自体は、本件各売買契約と別個に有効であるとしても、以下の事情からすれば、本件各売買契約の無効は、原告の請求に対して、被告らがこれを抗弁として主張することが許されるべきである。
(一) 貴晶と原告、被告らとの関係は、専ら貴晶の都合で、原告が被告三名から金員を継続的に取立てる関係であり、右取立て完了まで原告が売買物件の印鑑セットの所有権を留保しており、貴晶と原告は経済的に極めて密接な関係にある。
以上の実質を考えると、原告の立場を、手形や異議を留めずしてなされた債権譲渡の譲受人のように考え、取引の安全上、抗弁権を切断しなければならない場合と同視することは、当をえないものである。
(二) 本件各立替払契約は、法律上、本件各売買契約と別個であるとしても、取引上は、本件各売買契約を前提とした密接不可分の関係にあつて、その契約締結も、貴晶が原告を代行しているのである。
(三) 本件立替払契約には、「商品の瑕疵故障等については一切購入者と販売店との間で処理されるものとし、購入者はこれを理由に当社(原告)に対する支払を拒まれることはないものといたします。」とのいわゆる抗弁切断条項があるが、契約に際しては、前記のとおり、貴晶が本件印鑑セットの売買はネズミ講でないと力説し、被告三名はこれを信じて本件各立替払契約も締結したものであるから、右契約の原告の代行者たる貴晶の説明が虚偽であつた場合にまで、右の抗弁切断条項が及ぶとは考えられないし、そうでなければ、取引上の信義則にも反するものというべきである。
(四) 仮に本件のような重大な公序良俗違反の場合に抗弁権の切断を認めるならば、結果的に、ネズミ講がもたらす社会的害悪を防止しようとした法の目的はまつたく達成されないばかりか、一般の社会生活における正常な秩序を阻害する不法な取引を助長することになりかねない。
以上のような、原告、貴晶との経済上、取引上の密接な関係、その他の本件各立替払契約締結の際の事情等を考慮すると、被告らの貴晶に対する公序良俗違反の抗弁は、当然原告に対しても主張しうるものというべきである。
そうすると、公序良俗に反し無効な売買契約に関する立替金及びその連帯保証金の請求は失当である。
四 抗弁に対する認否及び原告の反論
1 抗弁の主張はすべて争う。
2 被告三名と貴晶との取引の実体がネズミ講であるか否かは知らない。しかしながら、印鑑セットの売買として本件各売買契約がなされ、現実に貴晶から被告三名に印鑑セットが引渡されているのであるから、実質的にも売買契約であることは、疑問の余地がないものである。
3 仮に本件各売買契約が実質的にネズミ講であつたとしても、被告三名は、その事実を知りながら契約をなしていたものであり、原告は、正常な印鑑の売買契約と信じて立替払に応じたのであるから、被告三名は、むしろ貴晶と相通じて善意の原告を欺き金員を騙取したに等しい。したがつて、原告が本件各立替払契約につき被告らから公序良俗違反をいわれる理由はない。
また、被告三名は、ネズミ講により儲かれば、原告にも立替金の支払いをするが、儲からなければ無効を主張して原告の請求を拒否しようというものであつて、契約上の信義則からも、禁反言の法理からも右のような主張が許される道理はない。
4 被告らは、貴晶に対する抗弁が原告に対しても主張できるというが、本件各立替払契約は、本件各売買契約と別個の契約であつて、何ら他の契約の影響を受ける理由はない。そのうえ、被告らも自認するように、いわゆる抗弁切断条項が特約として設けられており、被告らは、これを知つたうえで各契約をなしたものであるから、その効力を否定することはできないのである。
したがつて、本件各売買契約の効力は、何ら原告の関知するところではないのである。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
二そこで、被告らの抗弁について判断する。
被告らは、まず前提として、貴晶との間の本件各売買契約はネズミ講の実体を備えるものであるから、公序良俗に反し無効である旨主張する。
そこで検討するに、<証拠>によると、本件各売買契約は、貴晶が開運大吉印と称する印鑑の三本組セットを金一八万円で売り渡すというものであること、右印鑑セットは仕入れ値が金一万五〇〇〇円位であること、通常の販売価格は金五万円程度のものにすぎないこと、右印鑑セットの講ママ入者は、購入と同時に貴晶が主宰するシステム会に入会するものとされていたこと、システム会に入会した者は、新たに貴晶の印鑑セットを購入してシステム会の会員となる者を三名探し、これを入会させると自己は親会員となり、右により入会した三名はその子会員となるものとされていたこと、子会員はさらに同様に自己の子会員(親会員に対する孫会員)となるべき印鑑セットの購入者を三名ずつ探して入会させることとされ、これをくり返すことによつて、貴晶の印鑑セットの販売が拡大し、システム会の会員が無限に増加するという仕組みとされていたこと、そして親会員は自己の子会員、孫会員らが入会すると、その都度、貴晶の印鑑の宣伝費という名目で一定の金員(金一万円ないし金三万円)を受けることができ、合計で金六〇五万円ないし金七〇万円(入会時期により異なる。)の金員を受領できることとされていたこと、右金員の支払いは、印鑑セットの売買代金のうち実際の印鑑の価格を超える分を運用してなされていたこと、貴晶は印鑑セットの販売に際し、購入者に対して、印鑑自体よりも、システム会の仕組みを重点的に説明していたこと、購入者も印鑑セットより宣伝費名目の金員の受領を欲して売買契約をなす者がほとんどであつたこと、このため購入者は印鑑セットの代金とされた金一八万円を現金で支払うことなく、原則として原告などのいわゆる信販会社に立替払させることとされていたこと、本件各売買契約はいずれも右のような仕組みの取引の一環としてなされたものであることの各事実が認められる。
右によれば、貴晶の印鑑セットの販売方法は、金一八万円を支出する購入者が無限に増加することを前提として、先順位の購入者が後順位の購入者の購入代金から自己の支出した額以上の金額の配当を受けることを目的とする仕組みであると認められ、ネズミ講を禁止した法の趣旨に反するものといわざるをえない。
そうすると、本件各売買契約は、公序良俗に反するものとして無効なものと認めるのが相当である。
三ところで、原告と被告らとの各契約は、右の本件各売買契約と別個の契約であることが明らかなところ、被告らは、まず、原告は貴晶の右のような販売方法が公序良俗に反することを知悉したうえで本件各立替払契約をなした旨主張する。
右主張は、本件各立替払契約自体の公序良俗違反の主張とみることができるので、この点につき判断する。
<証拠>によると次の事実が認められる。
1 原告は、印鑑の卸売業を営む日進商会からの依頼により、日進商会の代理店が扱う商品の購入者が支払うべき代金について、購入者の希望するときは立替払をすることに応じていたが、昭和五六年九月ころ、福井市の貴晶が日進商会の代理店として登録されたため、貴晶のなす取引についても立替払をするようになつた。
右の原告と日進商会との契約は、原告の本社扱いであつたため、貴晶のなした売買に関する立替払契約書は、貴晶から日進商会、原告の本社を経由して原告の福井営業所に送られて同営業所で処理されていた。
2 貴晶は、日進商会を通じて原告と立替払契約をしていたほかに、株式会社セントラル・ファイナンスや株式会社オリエント・ファイナンスの福井営業所に、その取引について立替払の依頼をしていた。
そして、昭和五七年七月ころには、貴晶は、右セントラル・ファイナンスに対して、前示のような印鑑の販売方法の説明をなしていたが、原告に対してそのような説明をしたことはなかつた。
このため、原告は、貴晶の印鑑セットの販売は、通常の売買であると信じていた。
3 原告は、購入者との間に立替払契約を成立させるについて、購入者の資力調査等を経たうえ、購入者に架電して契約の確認をすることとしており、被告らについても同様であつたが、被告らに架電した際も何ら貴晶との取引の実情を知らされたことはなかつた。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右の認定事実によれば、原告が貴晶の取引の実情を知悉していたことは認められないのみならず、また、原告がその取引に疑問を持たなかつたとしても、これを非難することはできないものと認めるのが相当である。そして、他に本件各立替払契約自体が公序良俗に反し無効となるべき事情が存するとは認められない。
したがつて、本件各立替払契約は有効に成立しているものと認めるのが相当である。
四被告らは、次に、原告と貴晶とは経済上、取引上密接な関係があるとして、被告らの貴晶に対する抗弁を原告にも主張することが許されるべきである旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、本件各売買契約と本件各立替払契約とは別個の契約であつて、両者間に経済上、取引上の密接な関係が存するとしても、被告らの主張するように解すべき法的根拠は存しない。
また、仮に右主張をもつて、本件の事情の下においては、両契約を法律的にも一体としての契約とみるべきである旨の主張と解するにしても、本件においては、前示のとおり、購入者において、貴晶の売買の仕組みを熟知したうえで、その支出することとされた金員を支出せずに原告を利用して立替払させ、自己は利得のみを得ようとしたものというべきであるから、貴晶と原告とが別個の主体として別個の契約をなすものであることは、当事者間においても十分認識され、これを当然の前提としていたものと認めるのが相当である。
したがつて、本件においては、本件各売買契約と本件各立替払契約を一体とみることはできない。
そうすると、被告らの抗弁は、いずれも理由がないものといわざるをえない。
五以上によれば、原告の請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(高橋爽一郎 園部秀穂 石井忠雄)